井藤 一樹
昔。夜店の前で調子のよいことを言って、商品を多量に買ってゆく男をよく見かけた。ご存じ、映画の「寅さん」シリーズでよくお目にかかるシーンである。近年でもネットの一部通販サイトの商品レビューや口コミ欄にはそれとおぼしき記事が氾濫している。要するに人も買っているから買い得品に違いないと購買意欲をそそらせるのであるが、これは一般の客ではなくて「さくら」と呼ばれる雇われ客、囮(おとり)なのであることが多い。
この「さくら」の語源については「芝居で、役者に声をかけるように頼まれている見物人役のことも「さくら」という。「桜が咲くと人が集まるから」「さんざん賑わしておいてパッといなくなるのが桜が散るのに似ているから」というのが語源である。」 とも云われている。確かに桜の花は人寄せにはなり、なるほどとは思わせる。
折口信夫は「古代研究」民俗学編の「方言」の中で「さくら」とは縁日などに出る香具師の仲間では、客の買い方を速めるために、囮になって、馴れ合いで物を買う。この類いに限らず、その外にも、人目は関係ないように見せかけて、実は、脈絡をもって悪いことをする第三者、たとえば、手品師における隠れ合図をする者、すりのすった品物を途中で受け取る人間など、すべて相掏り(あいずり)と言われるものを、大阪ではさくらと言う。これは、花合わせの札の三月の分が、ことに目につく藍刷りであったためかと思うが、他に案があったら教えてほしい」と書いている。
今回、「語尾、語頭に佐・さの付く地名についての考察」を書いていて香具師等の使う「さくら」と「桜・佐倉」地名との関係はあるのだろうかとふっと思った。急いでいたためそのままになっていたが、私見では「関係ある」と思う。そもそも「さくら」という言葉がいつ頃から使われているのか不明である。調べてみても江戸時代からそんなに遡れそうでもなく、頓挫してしまった。 香具師の夜店や、芝居小屋は猟師でいえば客が獲物である。縄文の人達は獲物である鹿や猪を複数の人達で崖などに追い詰めて弓矢や槍で仕留めた。このような獲物を仕留めやすい場所を「さくら」と呼んだ可能性がある。「さくら」は「さ・くら」であり、「さ」は古代に「矢」のことであり、「くら」は崖のことである。香具師の「さくら」も客を獲物に見立て、獲物を「もう買わなければいられない」瀬戸際まで追い詰めて、矢を射て仕留める役の隠語ではなかろうか。「さくら」地名は郡上市にも小字地名として10ヶ所くらいあるし、郡上八幡町には桜町があり、崖の多い町である。
明宝、寒水地区に 桜谷 があります。地形的にはまさしく、狩猟場の追い込みにふさわしい場所ですね。サコです。